Saturday, July 23, 2011

マリーゴールド (三)

結局、機関車のせいにしても自分のせいになる。もう、嫌だナ。それもこれもあれも。
もう、絶望したくなる。さあ、多摩川にでも飛び込んで来ようかナ。そして、そのまま流されるのだ。カメのように。あるいは、サケの稚魚のように。あるいは、ボウフラのように。むつ美は最近よくネガティブな気持ちになると、このことを執拗に考える。
でも一度だけ、夢に出てきたカメハメハ大王に話してみたことがある。そうしたら、カメハメハ大王は宣言した。『お前は、カメでも、サケの稚魚でも、ボウフラでもない!』と。『お前なんか、川に居場所なんかない!』と。大王はそうやって言ってから、扉の向こうに一瞬にして消えてしまった。酷く重そうに見えて、実はベニヤの合板一枚か何かでできていた、哀れでひ弱な扉。
「その彼氏の旦那さんの、名前何てったっけ」
 K子が眉間に皺を寄せる。余りにもむつ美の反応が遅くて生ぬるくて、疲れてきた。
もう少し、あと少しだから!と、私なら励ますだろうが、ここには誰もそのように励ましてくれる人は居ない。トーマスだけが走り続けて、トンネルに入る前、今度は橋の手前辺りで白い煙を上げていた。あとは、駅員や車掌の格好をした店員たちが、黙黙とオーダーを取ったり、皿を運んだり、緑色の大きなメニューを腕の中で抱きかかえては、何度も空中で裏表裏表回転させていた。
「ウンもう。バジさんよ、バジ。バジさんだわ」
 K子は自分で答えた。むつ美は黙ったまま、目の前のストレート・ティーに浮かんだ細かい繊維のような埃と、それらが織りなす水面の微妙な凹凸を眺めていた。賢くてキレイなK子なんかに分かりっこないだろうけど、これは皆、今の今、横浜港に浮かんでいる全ての船よ。と同時に、黄河の中流に漂う、長いバージの群れでもあるの。水が煌めいている。

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