Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (十九)

智子も疲れてベッドの上で微睡みかけた。今日は、十四コマ立て続けに結婚式用チャペルで歌ってきた。皆十四組とも見事に同じようなホワイト・ウェディング・ドレスに、真面目なつけまつげと硬そうな前髪をぶら下げて、失礼ながら、そう大して嬉しそうでもない。
バジと智子は他にはない斬新でユニークな結婚式がしたかったから、丸ノ内線をまるまる一両、朝一番のラッシュ時に貸し切って、東京メガロポリスの地下をU字に走る間に挙式して、食事もあえてセブン・イレブンの餡饅と野菜おでんと、智子母特製のミックス・ジュース・ブレンドだったから、ホテルの嘘ッコちょきちょきチャペルで結婚するカップルなんかのよりずっと楽しかった。
服も、敢えてリラックスするためにTシャツとサンダルだったのだが、結構ラッシュ・アワーの電車の揺れが激しくて、一度すごく揺れたときにバジのおでんの汁が智子のTシャツの胸の部分にばっしゃりかかってしまったときも、バジは手早く自分のシャツを脱いで、自分の体で智子を覆い隠しながら瞬く間に智子に自分のTシャツを着せて、自分は代わりに智子の濡れたTシャツをめりめりと縫い目が破れそうになりながらも笑顔で何とか着られたときは拍手喝采、皆感動で大泣きした。特に、今は亡き智子パパがしゃくり上げて泣きました。お父さん、ネ。
いやあ、歌うのはだいたい大雑把に言えば好きだが、結婚式の礼拝で歌うのは疲れる。いつも同じ賛美歌を、他に誰も歌わない中、歌う。ソロとは違ってあくまでも雇われボイス、BGMと同等または以下だ。人形劇の人形だって拍手されることはあるし、マクドナルドの店員でもお客さんから、下手するとハンバーガーの包み紙からでさえ、優しくされることもあろうが、チャペルの歌い手は壁紙よりも水族館の電気の消えた水槽よりも、本当に誰からも相手にされない。その辺の床に落ちているトマトのヘタの方が、まだ皆の注目を浴びるのではないだろうか。せめて、ブライダルの小山さんがナイスなのが救いである。小山さん、ありがとう。
 そして、また明日も早朝に出発、はるばる軽井沢まで出張して歌わねばならない。これも、十三組立て続けに、素敵な山荘風のチャペルで。
智子はとうとうランプも消さず寝入ってしまった。パリかバリかどこかの天井の高さが何百メートル、何千メートルもありそうな石造りの寺院で甲高い声で一曲歌ったら、皆に絶賛されて一生帰らないでくれと嘆願された。嬉しくも困惑していたら、パイプオルガンかガムランの鉄パイプ・鉄板がドミノのように倒れてきて皆が逃げ惑って、上から吊るしてある電気が全部磯辺焼きになっていた。激しい動悸。やめて!

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