Saturday, July 23, 2011

マリーゴールド (十四)

それにしても、何だか機関車トーマスの線路の音が異常なほどに大きい。まるでガード下に立っているようだ。さっき通り過ぎた時も、唸るぐらい速かったし、ものすごい空気の振動だった。
 K子はコーヒー・カップの白い取っ手をいじくり回しながら言った。
「で、話を戻すと、お父さんが洗濯機を投げ終わった瞬間、何て言ったと思う?智子とバジさんが呆気にとられてる間、『世の中には奇行が平気でまかり通っとるぞ』とか何とか、誇らしげに、偉そうに言ったのよ。バジさんは日本語に命を懸けてるからすぐに分かったけど、逆に智子が後でバジさんに聞いて初めて理解したそうなの。何のキコウ?天気?みたいな。奇行よ、キバツのキ。ううん、バケツじゃないわよ、キバツ(爆笑)。で、二人は結構その後すぐ婚約するのよね。お父さんの絶大なサポートのもと。すごいわ」
 むつ美もすかさず、
「うん、すごい」
 と同意した。
そのとき、トーマスの駅の方からとんでもない音が聞こえた。衝突音というのだろうか。それにしては随分と長い。厚紙がくちゃくちゃに丸められるような音、小鳥か天使のような謎めいた美しい高音、ロボットとか、蟹の足のようなカシャカシャという乾いた機械音。全てが合わさった上に、トーマス自身の汽笛も、本来より四、五オクターブぐらい低い、とてつもない低音でウーウー唸っていた。
「脱線だ!」
 誰が客の一人が言った。
そうしている内に、何か平らなメダルのような物がK子とむつ美のテーブルに飛来した。ゆっくりと大きな弧を描いて、突如頭上に現れると、独楽のごとく目まぐるしく回転しながらむつ美の冷めたストレート・ティーのど真ン中に落ちた。覗き込むと、トーマスの灰色の顔が茶中に浮かんでいた。青かと思ったのに、よく見ればくすんだグレーのプラスチックでできた円盤で、紅茶の水面下で斜めに傾きながらも、裏も表もニコニコ笑っていた。

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