Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (十八)

ホトケサマ、また難しすぎる話を読んでいるナ。この前はスタンダールの『赤と黒』だったし、その前はラーマーヤナと平家物語を同時進行、英日両方で交互に読み進めていた。ディズニーの絵本とか、せめてスヌーピーの漫画とかにして欲しいと思って智子が話しても、「精神の迫害よな」などと言われてどうすることもできなかった。
 そもそもバジは、高学歴すぎるのだ。インドの大学の土木工学部で橋の設計を勉強した後、アメーリカで比較宗教学の博士号を取った、らしい。日本におけるイスラームの研究で来日して以来、色々迷いつつも、居ついてしまったのだ。食堂、学食、植木屋、メロン屋トラック、魚屋、果物屋、映画館、山小屋、船着き場、文具店、学習塾、ローソン、絨毯屋、電気屋、トマト農家、警備会社、CD屋、ビール工場、とび職、ユースホステル、スキー場、倉庫、ビニル加工工場、写真屋、ペットショップ、質屋、神社、ホテルのプール、と実に色々な所で働いてきた。頭でっかちを治す、という名目のもと。
 今でこそ、変な訳の分からない新興不動産会社の手先になってみて、面白くないデスクワークに耐えながらもそう悪くはない暮らしをしているが、その昔、ミュージシャンをしていてころは名古屋の郵便局の軒先で何週間も野宿をせざるを得なかった時期だってあった。それはそれで、不思議と味があったものだが。
 実際、名前も、本当はバジなんかではなくて、ユーストスなのだ。聖ユーストス、クリスチャンですから。アメーリカではまだよかったが、日本に来てからユーストスなんてインド人らしくないと不審がられたから、バジなんて言う名前に変えたのだ。味噌汁だって、じゃんじゃん飲んでやったし、沢庵もぼろぼろ食べた。
 バジの声がまだ隣から聞こえる。マリーはもう流石に眠ってしまったことだろう。バジの手が小さな胸の上に被さっているだけで、安心してしまうのだ。

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