Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (二十)

目を半分だけ開くとバジが部屋に戻って来ていた。と思ったら、また出て行った。智子は再び目を閉じた。
 気がついたら、バジが部屋の電気のスイッチをカチカチ鳴らしている。うるさくて、
「もう、何してるの」
 と言ったら、
「電球が切れた。切れてる。すごいね」
 とのことだった。
「一体、何がすごいの?もう明日にして」
 と言おうと思ったら、大丈夫だった。今はもう取り換えようとはしていない。ランプを消すと、智子の下半身に抱きついてきた。
「マリ子はちゃんと寝ましたか?」
 とマミが聞くと、パピは、
「ばちりこん」
 と下から答えた。丁度、臍の上に熱い息を吹きかけてくる。
 ばっちりとは。それはそれは。あんなに目を覚ませていたのに。本当に?でも永井荷風とかナサニエル・ホーソーンをいきなり読まれても、それは眠くなる筈だろう。眠くならない方が不思議だ。何しろ、向こうは四歳だ。宴会やら騙し合いやらの話を聞かされたところで、何のためになるのか。適当に聞き流してもらう分にはよいが、変に頭のどこかに残ってしまったらどうするつもりだろう。
 智子は自分の母親にこれまでに何度か相談してきたが、いつも人ごとのように面白がられて、仕舞いには「さすがバジさんったら相変わらず博学なのねえ」とか、酷いときには、「へええ、マリーちゃんも将来はマリー博士ね、博士夫人ドノドノー、ドシラソファミレド、ワン!」とか電話越しに冗談を言われるから、もう嫌になった。それから、これは関係ないのかもしれないが、最近通いだした保育園のお母さんたちからは遠巻きに無視されるし、でもこちらからも無視したいし、悩む。悩まない方がおかしい。いや、夜ぐらいはすやすやと寝かせてほしい、お願いだ。
 バジは全然、離れない。ますます吸いついてくるし、そのせいで暑い。しかも、せり上がってきていて、もう胸も、ドサクサに紛れて揉みだしているでしょう。息も深くて、荒めの様子。
「ちょっと」
 智子は言った。ここぞ自己主張。ここぞ、眠くて目が開かないが、自己主張。きっぱり、はっきり。
「今日は疲れたから、なし」
 と、伝える。しっかり、ちゃっかり、意志表示。そこはバジ氏は紳士だから、
「分かった、オキィ」
 と息を吸い込みながら引き下がった。ア、涼しい。こういうとき、頭の良い男は役に立つ。他の場面ではどうか分からないが。バジはベッドのできるだけ向こう側の端に移って、壁の方を向いて動かなくなった。スペースをちゃんと取ってくれている印だ。

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