Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (三十五)

大気が張り詰めたように止まったかと思うと、もう大粒の雨が降り始めていた。東屋に入っておいて、丁度よかったじゃないの。屋根に雨が何筋も流れる音がして、目の前が霞んで、一瞬だけだが新幹線が何本も出入りしたり、いきなり舞子が来て酒を注いだりした。と同時に、近くの緑の葉は青青と迫り出して、一気に生命力、存在感を増した。
 ロケットたちは、忽ち雲の向こうへと沈んでしまい、もう噴射の音でしか見分けが付かなくなった。それは旗が振り切れるような、布が引き裂かれるような音だった。
 コンドルの指、爪の部分に噛みつきながら、おばあちゃまがマリーに、
「保育園、たのちい?」
 と訊いた。バジに幼児語を使うのは遠慮して欲しいと言われているのだが、どうしてもマリーが可愛くて、使ってしまう。マリーはコンドルの目と耳の後ろの辺りを暫く舐めた後、
「あのね。この前鬼ごっこしてたらね、カレーの匂いがする、って言われて、それでマリーが鬼になったの」
 と楽しそうに話した。おばあちゃまが焦って、
「誰に言われたの、どこで」
 と急いで聞いたら、
「ハムスターのね、ガリのね、お墓の上。お年長さんたち。柿組の園子ちゃんたち」
 と答えた。おばあちゃまが、
「男の子?女の子?」
 と訊くと(少なくとも園子ちゃんは女の子ですよね)、
「分かんない」
 と返ってきた。おばあちゃまはマリーが可哀想で、興奮しながら頭の中が一杯になって、
「酷いわね、酷いわね」
 とひたすら繰り返した。余りにも激昂して、コンドルの頭に勢いよくかぶりつき過ぎて、頭半分が割れて、音も無く滑り落ちてしまったではないか。外れた嘴と目・鼻半分が木目の床に転がって静止した。マリーが、
「あ」
 と言って、おばあちゃまが、
「プ」
 と吹き出したころには、下に落ちたおばあちゃまのコンドルの頭半分は集る蟻で真ッ黒になっていた。でもそれとほぼ同時に、頭の内部からバニラアイスが大量に溶け出して、黒蟻らが次から次へとアイスの雪崩に押し流されて行った。あれよあれよという間にアイスが全て吹き出して、蟻たちは幾つかの黒い塊になって、食べ物のまっただ中で溺死してしまった。コンドルの、決壊。責任者は誰だ?

No comments:

Post a Comment