などと呟きながら、自分のハンドバッグの中身を手当たり次第かき回し始めた。でも今朝、目薬をわざわざバッグの中から出して家に置いてきてしまったのをしっかりと覚えている。でももしかすると、ティッシュは古いのが隅に残っているかもしれません。
いや、でもやはり無いものは無いナ、申し訳ない。むつ美はバッグにもう一度手を突っこんでみたものの、どうしてよいか分からなかった。
一方、K子は自分のピンクと紫の薔薇模様のハンカチを取り出して、首をあちらこちらに曲げながら目頭にあてがっていた。その間も、機関車のトーマスはまた明るい笑顔で戻って来て、忙しなく隣をガタピシ通り過ぎて行った。
結局むつ美が何もしてあげられないまま、K子はトーマスが半周する間、目のごみと格闘した。しかし、何とか取れました。
K子は深く溜息をついて、目をぎょろりと剥きながら、
「うん、取れた取れた。で、何だっけ」
と言って、まだハンカチを片手で握りしめながらパスタを口に運ぶ。むつ美は頭に何も思い浮かばなくなって、焦ってしまって、ついさっき自分が馬鹿なのか阿呆なのかと自問したことは思い出せたのだが、何に関してそう思う必要があったのか全く思い出せない。
何故、何故。何故?人と話しているとこう何もかも分からなくなる。だが、それさえも言葉にすることができず、そうこうしている内にまたトーマスが回ってきた。相変わらず、口角の裂けた、ものすごい笑顔。むつ美はそのお顔を見て、励まされたというより、小馬鹿にされたような気持ちになりましたよ。といっても、所詮、ただの玩具の電車か何かなんですし、気にする理由は微塵もない筈ですが。もう、なんで?
「ああ!」
そこへ来てK子が空気の多い悲鳴を上げた。それから、鼻でくすくす笑った。ちょっと待って、今は私こそがそういう悲鳴を上げたい。むつ美は身を引いて目を見張ると、K子は真顔に戻って、ずれた袖を揃えるために角張った両肩を交互に大袈裟に振りながら、
「そうそう、そうよ、智子のことよ」
と、目配せした。でもむつ美は、笑えなかった。まだ思い出せない。真ッ暗けで、押入れの奥より暗い。
智子のこと?
答えは、案外早急に届いた。K子がまたホウレン草の塊を飲み込むと、言った。
「智子、今度インドの人と結婚するそうじゃない。あの、ずっと付き合ってた彼」
むつ美は俄かに合点、納得した。インド人のフィアンセイの話をしていたのだ。機関車トーマスがあまりにも騒がしく、忙しく走り回るから頭が吹っ飛んでしまったではないか。テーマレストランがいやに流行っているようだけれど、『トーマスの館』はやはりきつかったか。むつ美が選んだのだが。
トーマスの機関車――日本に来たばかりの時、大家さんの三歳の息子の大好きな玩具だ。:)
ReplyDelete女の子の間の結婚話、インド人、そしてトーマス、すごく面白い組み合わせ、トーマスはどういう役割かな、考えさせます。。。
次がますます楽しみです!!