Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (四十一)

二人は泥の中、雨の中、風の中、黒い傘を激しくはためかせながらお家に向かって歩いた。おばあちゃまッたら、よりによって今日は気張って白い高いヒールのサンダルを履いてきてしまったばかりに、足がぐらついて、ヒールもポッキリ折れそうで、歩くだけで相当苦労した。といっても、裸足になる訳にもいかないし、もう大変。マリーだって、金色ピカピカのおニューのお靴がぐじゅぐじゅの泥まみれになってしまって正直、信じられないほど、耐えられないほど悲しかったです。
 歩き、歩き続けます。気が付けば、傘が気のふれた黒アゲハ蝶になって勝手に飛び立ってしまっていた。風で運ばれて、広場の遠く向こうの方に真ッ逆さまにフワフワと木の枝の中に着地した。おばあちゃまは、
「ま、いいか」
 と言いながら、マリーを更に引き寄せた。傘がなくても大丈夫、マリーもおばあちゃまも屈しない。一歩ごとに、もうお家に近づいているのだ。マリーもおばあちゃまも速くは歩けないが、それでも歩いてはいるのだし、雨だって、ここまでくると全身が洗われるような気がして、気持ちさえよかった。
 途中、ロケット公園の出入り口付近の橋のたもとに警官が一人で立っていた。黒いヘルメットからは雨水が永遠とツララになって、そのつららの奥から冷たい爬虫類の目でマリーとおばあちゃまを見ると、
「はい、気を付けて下さい。川の水位が非常に高くなっています、礼」
 と見えない口でしゃべった。おばあちゃまは深々とお辞儀をして、
「はい、ありがとうございます」
 と言って、マリーと一緒に前を通り過ぎた。この川は、普段は玩具の小型ヨットや桃太郎がたくさんプッカリプッカリ浮かんでいるような平和で微笑ましい川なのだが、今日は緑茶グレーの大きな泡だらけの濁流に大変身をして、橋の表面まで水が入り込んで、蛇のごとく幾筋にも分かれて這い廻った。こうなったら、と決心したおばあちゃまは、
「よいショ」
 との掛け声と共にマリーを担ぎ上げて、マリーちゃんの黄橙のパンツも丸見えだったが、そのまま抱っこして走りだした。命懸けの橋渡し、もう顎がジンジン、サンダルの足は競馬馬の前脚よりも速く交互にステップを踏みましたよ。

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