Saturday, July 23, 2011

マリーゴールド (十)

「YESアンドNO。イエス・アンド・ノーなのよ。捜し続けて、二時間。それまではずっとドブに蓋が掛かってなかったんだけど、やっと蓋付きの部分が始まったの。その虫ってよく蓋の裏にいるって言うじゃない。智子、興奮しちゃって」
 横を遠足か何かの幼稚園児たちの行列が永遠と途切れることなく通り過ぎていく中、智子はズボンの裾を両足、しっかりとまくり直した。それから懐中電灯のスイッチを慌ただしく交互に入れたり消したりして、黒縁の虫眼鏡も用意した。そしてそのまま後ろ向きにゆっくりと背中を倒しつつ、頭から仰向けにブリッジをするように、ドブの蓋の下へと徐々に少しずつ体を落としていった。裸の足首だけが太陽に当たって、真ッ白く光っている。脚・腰・背中が奇麗な弧を描く。そして蓋の内側が見えてきた。懐中電灯の弱い光の輪で、粗いコンクリートの表面を柔らかく照らす。
一匹、げじげじ。黒光りして、凛凛しい。で、ホトケノカブラムシは?もう、見つけたら、吸いついちゃうから(ハートマーク・びっくりはてな)。待っててね。
 智子はそのままバランスを保つために、静かに片足ずつ踏み直した。やはり、少し無理がある姿勢だ。つるりん・つるりん。着地が両足とも悪かった。藻に引っ掛かったのか、逆に引っ掛からなかったのか、とにかく滑った。どうしようもなくそのまま滑って、仰向けに全身が蓋の下に吸い込まれてしまった。まったく、背中の水が恐ろしく冷たいのと、後頭部を底のコンクリートに軽くだが打ちつけたようで、智子は意識が遠のく、遠のく。
 道では相変わらず幼稚園児の列が続いて、時々引率の先生たちの麦わら帽子が見え隠れする。智子は意識が滞ったまま、目を閉じたり開いたりを繰り返した。体が動かない。誰も気付かないと信じてやまないでいたら、遠くの方のインド人男性が一人気付いてくれた。水の僅かな飛沫が聞こえたのだ。

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