Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (十五)

顔の取れたトーマスは山の向こう側の橋のたもとで脱線していた。速すぎてカーブを曲がり切れなかったらしい。レストランの奥では脱線の謝罪で各テーブルを回り終わった店長が独り疲れて、でもホッと落ち着いて、駅長の格好のままトイレ前の廊下の暗い照明の下で帽子についている金色の房をふらつかせて、
「そろそろ店仕舞かな」
などと独りでこめかみを押さえながらぼやいていた。乗客が居なくて、不幸中の幸いだった。模型だから、生身の乗客はいる訳がないのだが。でもどんな感傷も倫理的な思考も、トイレに向かって、ダッシュで集団駆け込み乗車をしに行った常連の若マダム達四人組に呆気無く取り壊された。
「あらヤダ、店長!」
「ねえねえ、今度主人と子供たち連れてきます」
「店長、脱線びっくりしちゃったわ」
「でも面白かったよ、ありえないじゃない」
そして四人はドッと笑って揃ってトイレに傾れ込んで行った。四人だと一人余ってしまうと思うが。とにかく早速、トーマスのお顔は皿洗いのピヨートルが洗っていて、線路は韓国からの宋兄弟が手分けして修理している。復旧まで間もない。
店の中はいつの間にかまたトーマスが安全を誓ってから走りだし、その後もフロア中忽ち人間たちの声で一杯になったり、また静かになったりした。天窓の華子さんからは夜の尾が下りて来たり、朝のぎざぎざのトサカが飛び込んできたり、昼下がりの不思議が渦巻いたりして、パスタも何皿でも売れたし、紅茶もコーヒーも緑茶も次から次へと注がれた。そしてもちろん、機関車のトーマスが千周、万周と線路の上を走り続けた。

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