Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (四十六)

智子は堪りかねて、
「ジュース飲んで。お菜ッ葉は残さない」
 などと関係のない小言を言い始めた。するとマリーが、小さいながらも最後の切り札を出してきた。
「マミもそこにいたよ。いたでしょ、見たもん。パピのこと蹴ったり踏んだりしてたでしょ、おばあちゃまも見たもん。見てたよ」
 急に興奮してきたようだった。声が異常に大きい。
智子は舌打ちして、
「何と人聞きの悪い。変なこと言わないで頂戴、何よそれ。いくら何でも酷すぎるわよ。ねえ、ママ。何とか言ってよ、もう。何言ってるのかしら、この子」
 と怖い顔を作って、悔し紛れにわざと自分のお箸を両方下の床に投げつけた。
 おばあちゃまは平静を保とうと、何とかニコニコ笑おうとして、
「怒ると寿命が縮まりますよ」
 なり何なり言って、でもお腹は空いていたし美味しいので松葉のてんぷらを残っていたサラダのドレッシングにつけて食べてみた。
 智子はお箸が無くなったので行き場を失って、おばあちゃまの顔ばかりチラチラ見てきた。遂におばあちゃまも耐えられなくなって、
「智子ね、ちっちゃな子供の空想ぐらい、大きな気持ちで受け止めてあげなきゃ。大人は心も大きくないと。ね、子供の想像力、育んでいかないと世の中潰れますよ」
 と諭した。智子は相当膨れながらも、「ぽん」とだけ言って引き下がって、床のお箸を拾ってティッシュで一回巻いて、解いてまた巻き直した。そこへバジが脇から飛び込んで来て、
「マリーが見たものは、現実だよ」
 といきなり言いだした。沈黙。マリーがジュースをすする。
暫くしておばあちゃまが、
「おお」
 と上半身を後ろに倒しながら言ったが、智子は鼻で笑って、
「な訳ないわよね、空想に決まってるじゃない。現実と空想をごちゃ混ぜにしないで。やめて・すごくすごく・危険」
 と首を振りながら言った。おばあちゃまは今度は木の芽のてんぷらを齧りながら一生懸命、口角を上げている。バジは落ち着いて、ゆっくりと言った。
「本当に信じられないようなこと、それこそが真の現実」
 と。

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