Saturday, July 23, 2011

マリーゴールド (七)

ここまで話したところで、横のトーマスの速度が急に増してきたように思えた。線路の音がいやに大きく耳にこだますし、線路を取り囲んでいるプラスチックの森や丘があからさまに激しく振動して、K子もむつ美も鼻の先、おでこの皺、脇の下で震えを感じた。
 そして、やっとK子さんのコーヒーが運ばれて来ましたよ。むつ美はもう紅茶を飲み乾してしまっていて、おかわりは、と聞かれたので一瞬迷った後、お願いした。もう、むつ美は普段から、頭の中が端から端まで遠慮の雫で一杯よ。それが結露し過ぎて何が何だか分からなくなりそう。でも、今回は大丈夫でした。ちゃんと頼めました、Thank you
 K子は熱い苦いコーヒーを二口、三口舐めると、ウェーターを呼び戻して追加でトーストを頼んだ。むつ美が驚いていると、K子は「お腹が空いちゃってさ」とか何とか言って、しまいには「むつ美も食べれば?」と目を剥いてきた。むつ美は背中を丸めて首を小さく振った。そこで丁度、またトーマスが唸りを上げて通り過ぎて行った。やはりスピードがかなり速まっている。摩擦のせいか、車輪か何かのゴムがほんのり異臭を上げている。信号もチロチロいって、色が目まぐるしく移り変わる。
「で、何のお話でしたっけ?」
 K子が言った。むつ美はすかさず、
「バジさんの話・洗濯機の話・バジさんのベランダの洗濯機の話」
 と、畳みかけた。自信があり過ぎて、少し口元が笑ってしまったではないか!だがK子は、普通の表情のままで、
「そうです。」
 とだけ、答えた。それからコーヒーを一口、二口、口に含んで、急に横目で笑いながら、また話し始めた。
「怖いわよ。もうね、バジさんと智子がお父さんを止めようとするでしょう。でももちろん止められなくて、お父さんは遂に洗濯機に辿り着いちゃうの。それで、蓋をバンと叩いて、いつもの大声とは違って、かなり落ち着いた声でバジさんに訊いたの。『本当に智子のこと、妻として愛せるのか?』って。手はまだしっかり洗濯機の、愛妻号の、蓋の上よ。

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