Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (二十八)

智子がものすごい剣幕でトイレと水面所を行き来して、湯水の音をじゃぶじゃぶと響かせ始めた。智子が居なくなって寝室が静かになったから、バジはもう諦めて、目を閉じてまた少し寝ることにした。
 とそこへマリーが、
「ねえねえ、ねえねえ」
 と、可愛いマリーちゃんがまたやって来ました。バジはまだ眠りこけていたが、マリーは眠そうな、幸せそうなお声で、
「ねえねえ、パピィ、トトロが鳴ってるよ。鳴ってるよ、鳴ってるよ」
 と言った。バジがしぶしぶ上半身を起こした傍から、壁の向こう側から『トットロ・トットーロ、リンリン。トットロ・トットーロ・シャンシャン』という智子の携帯の呼び出し音が聞こえてきた。
 マリーは次に智子の足元に走って行き、
「マミマミ、トトローが鳴ってる。鳴ってるよ」
 ともじもじ、ささやいた。智子は水道を止めて、顔を濡らしたまま、ものすごい、醜いしかめっ面を作りながら、
「もう!もっと大きな声で言って」
 と、リビングの方へカンガルーのように、斜め横向きに飛び跳ねて消えた。マリーも遅めの蟹歩きで後ろについて行った。
 智子がいつもの引き出しの中から携帯を取り出すと、
「トットロ・トットーロ、シャンシャン。トットかち」
 と音が大きくなって、切れた。バジが寝室のカーテンを開けると、どぎつい太陽の帯が射る。夏だ。
「はい」
 リビングルーム・キッチンまわりでは智子が電話に出る声がして、そのすぐ傍でお皿の山が崩れる音もした。一体何をやっているのか。後ろではマリーが智子の真似して、小声で「ハイ、ハーイ」と言っているのも聞こえた。智子が再爆発する前にマリーを引き取らなければ、と思い、バジは重い体を引きずって明るいリビングルームに登場した。マリーを見ると、五時間も寝たか寝なかったかの筈なのに、朝日の中で、元気よく小股に飛び跳ねていた。

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