Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (二十九)

いいね・いいね、マリーはOK。問題は智子さん。顔面蒼白、目はテニスボールで、
「はい、すぐ行きます」
 と言って電話を切った。てっきりブライダルの小山さんから、珍しくクレームの電話が入ったと思い込んでいたバジは、
「今から行くの?軽井沢」
 と瞬きをしながら聞くと、智子は、
「違う、違ったのよ、警察病院、から。お母さんが。お母さんが!」
 と、答えかけて、過呼吸になって息詰まった。バジは驚いて「ゴエ」と言ってしまった。おばあちゃま、警察?詳細を聞こうと思って眉を上げるが、智子はマリーの方を窺いながら目を泳がせている。
マリーは傍若無人に手と手を合わせて頭の上に蓮の花の蕾を作りながら、さも楽しそうに朝日の中を歩き回っている。
その隙を狙って智子がバジを強引に引き寄せる。首を首に近づけて、智子は震える喉元から、バジの耳にささやいた。
「お母さんがね。お母さんが、ぶつかったの。意識不明の重体って言うの?今朝早くに自転車に乗ってたら、今朝路上でキャンプをしてた人たちの、一番大きなテントに激突してしまったらっしい。そのままテントごと全部引っくり返って―」
「訳分からない。嘘でしょ。路上でキャンプ、TENTS?」
 バジが全く信じられないという顔をすると、智子はすごい涙目で睨んできた。
「この世の中、そういう奇妙な、奇想天外なことだって起こり得るのよ」
 バジは急に涙が込み上げてきて、色々なことが思い出されて、無言で何度も頷くしかなかったが、一方では、路上でキャンプというのはホームレスの人のことかな、とか、でも自分の日本語や日本文化の知識がまだ不足しているから自分には理解できないのか、残念&悔しい、とか色々と考えが心の中で巡ったが、今ここで、口には出さなかった。
「お父さんは、嗚呼、ああなっちゃうし、お母さんはこうなるし、私、私、一体どうしたら良いの」
 智子の顔に大きなばってんが現れた。それから、イカ墨のような黒緑の液体が顔中・身体中、点線を描いて駆け巡った。

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