Saturday, July 23, 2011

マリーゴールド (六)

 一通り喋り終えたK子が目の前のテーブルに目をやると、自分のホウレン草パスタの皿が下げられていた。思わず前に、少しつんのめりそうになったじゃないですか、まだ食べ終わってなかったのに。むつ美と「あら」と目を合わそうとすると、むつ美は無心にプラスチックの丘の向こうに消えていくトーマスのお尻を眺めている。
レストランの壁には茶色いお日様のお顔が大勢描かれていて、あ、太陽ではなく向日葵だったのですか、ァそうですかァそうですね、どおりで花畑のように見えた訳です。K子はトントンとテーブルの端を叩いて、むつ美の注意を取り戻してから、続けた。
「小春日和だから、ベランダには大量の白物の洗濯物が洗いたてで干してあったそうなの。まだ全部完全に濡れた状態よ。その中にお父さんが頭から突っ込んで行ったそうよ。もう、白物が全部下に落ちて、真ッ黒・真ッ茶色。ほぼ全滅よ。折角の洗濯日和も、まるで台無しだわ。
 でね、かかってた洗濯物が全部下に落ちたでしょ。そうしたら視界が開けて、ベランダの奥にある洗濯機が見えたのよ。見えてしまった、というか。その名も『愛妻号』、しかも『愛妻号』っていう文字が結構大きく、蓋のあたりに書いてあるじゃない。それを見てお父さん、『おい!』とか、腹の底から叫ぶのよ。困るわ、近所迷惑どころじゃないのよ、遠所迷惑です。だって、声が異常によく通るんですもの。通り過ぎるんですもの。
で、もうすぐ後ろにバジさんも智子も控えてるのに、どうしてもお父さんを捕まえられなくて、『おい!愛妻号!愛妻号!愛妻号!』とかひたすら叫び続けるの。バジさんも智子も段々可笑しくなってきちゃって、笑えてきちゃって。だって洗濯機の名前をそんな連呼しても、ね。後ろから話しかけるんだけどさ、全く聞いてもらえないし、行動がよく分からないの」

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