Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (二十四)

マリーはバジの腕の中でもう顔半分が涙で濡れて、一生懸命小さい口で、
「分かるもん、分かるもん。やだ。やだ」
 と口ごもりながら泣きじゃくっていた。それで更に智子が刺激されて、智子は無言で急に立ち上がって歩き始めたと思うと、廊下に面したドアの方に走って行って、ドアを全開にしたと思ったらいきなりワザと大きな音を立てて閉め直して、また半開きまで開いて、ぷんぷん怒りをひるがえしながらベッドの上に舞い戻った。
 マリーはびっくりして、鼻水が逆流してしまって、ごほごほ咳込んでいた。バジはマリーのために、『リンゴ・バナナの花園で』の歌詞をモーツァルトのダブル・ピアノ・コンチェルトのロンドのテーマに載せて口ずさんだ。楽しいメロディーと歌詞なのに、マリーは泣き止まなかった。智子は呆れてベッドに平伏していた。
 バジは今度は自分自身をも落ち着かせようとして、マリーに質問してみた。
「何で、レストランごっこがしたいの?」
 と、できるだけ具体的に。するとマリーはまたしゃくり上げて、涙がどんどん出てきて、
「だってね、だってね」
 を繰り返す。
「どうしたの、どうしたの」
 とバジが優しく、ややしつこく訊き続けると、泣くのが収まってきて、
「だってね、おばあちゃまが言ってたの」
 と言った。智子はまた横になりながら、そうら来た、と思った。ばあさんめ、ママめ!くせ者、優しいようで怖い、子どもの扱い方をてんで分かっていない、でもマリーから一番信頼されている。何を話したのか、もう知りたくもない。智子は急に気持ちが落ち込んで、頬っぺたが顔からそのまま滑り落ちて無くなってしまっても仕方がないと思った。智子は、バジなんか案外すごく鈍感だから分かりっこないわよ、わたしの苦しみ。何よ、何よ、と不思議と泣けてきてしまった。

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