Sunday, July 24, 2011

マリーゴールド (四十二)

マリーはおばあちゃまの首の高さから飛沫を上げる濁流を見下ろして、
「チョコだよ、美味しそう!」
 とはしゃいだ。おばあちゃまはとてもとてもそれどころではなくて、息切れして気分がかなり悪くて、吐きそうだった。
でも、後で二宮さん家の前にようやく差し掛かったとき、
「あれはチョコではなくて、貴女も私のことも殺せる、荒れ狂った泥水だったのよ」
 とマリーに言い聞かせると、きれいさっぱり、完全に無視された。
 やっとの思いで家に着いたころには、もう雨は止んでいて、今度こそ本当の夕暮れ時で、夕焼けが紅鮭よりも赤く大きく爛れて、西の空一杯に広がっていた。遠くの山際では、カラスの大群が会社を興して「付加価値」「付加価値」だの騒いだり「凍結」「凍結」だの「決算」「決算」だの大声でもめている。マリーもおばあちゃまもびしょ濡れで、寒くて、辺り一面白い水溜まりができていた。
 門の脇のピンポンを押すと、ハーイは―いと智子の声。玄関のドアがみっしり開くと、
「智子、すんごい雨だったのよ、傘も途中で投げ出すしかなくって、ね、マリー」
 とおばあちゃまが言った。智子はもう既にたくさんタオルを用意してくれていて、マリーもおばあちゃんも玄関に上がるや否や、タオルの嵐に見舞われて子犬か、もしくは子犬のぬいぐるみになったのかと思った。

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